よりよいホスピス・ケアを提供するために
 平成13年11月の看護部勉強会は、よりよいホスピス・ケアを提供するには、どんなことに気を配ればいいのかを話題にしました。
 常日頃、良く耳にするホスピスと言う言葉ではあっても、実際に行われているケアについては、なかなか理解しにくい面もあります。
 このお話が、ホスピス・ケアを理解する一助になればと思います。

「よりよいホスピス・ケアを提供するために」

鈴の鳴る道
星野富弘著、出版:偕成社
(掲載については、著者並びに偕成社の承諾を得ています。)
 「いのち」
いのちが一番大切だと
思っていたころ
生きるのが 苦しかった

いのちより大切なものが
あると知った日
生きているのが
嬉しかった

 この詩は、星野富弘さんの詩画集「鈴の鳴る道」の中の一節です。
 星野さんは群馬県で中学の体育の先生をされていたのですが、授業中に頸椎骨折を起こして首から下が全く動かなくなってしまいました。
 奥様やお母様、弟さんご夫妻の温かなケアを受けながら、口にくわえた絵筆でたくさんの暖かな詩や絵を書かれています。
 この「いのち」と言う詩を読んだとき、これこそホスピス・ケアの真髄だと思いました。
 いのちより大切なものとは、「人間としての尊厳」・「愛」、あるいは別のものかも知れませんが、それを見付けたときに、初めて残された時間を豊かに過ごすことが出来るのではないでしょうか。

 坪井病院にホスピスが出来てから12年が過ぎ、ホスピス・ケアの概念が職員の皆さんに理解されてきて、最近ではベッド待ちになることが多くなっています。大変嬉しいことではあるのですが、限られた時間の中でベッドが空くのを待っている患者さんの気持ちを考えると、申し訳ない思いに駆られます。

 しかし、回診をしていると、この人はホスピスの方がいいのではないかと感じることも少なくありません。
 このようなケースでは、患者さん自身が「ホスピスに移ると、死ぬのを待つだけだから行きたくない」と考えているようです。

 このような場合にホスピス・ケアをお勧めするのには、どうすればいいのでしょうか。

 Cure(治療)からCare(介護)へ移行するには、どのような悪いニュースでもきちんと患者さんに伝え、患者さんの感情の動きを把握し、最終的にその後の治療方針の立案に患者さん自身が主体的に関わり、意思決定を行っていくことが重要です。
 インフォームド・コンセントをさらに一歩進めて、インフォームド・チョイスにまで高めることが必要なのです。

 そのためには、Baile博士の提唱する " SPAIKE プロトコール " を理解するのが早道です。

  1. Setting(環境を整える)
    「悪いニュース」を聞いて動揺する患者さんを、どのように支えればよいか。
    それに相応しい環境を整える。

  2. Perception(理解)
    患者さんが自分の置かれた状況をどのように理解しているかを明らかにする。

  3. Invitation(案内)
    患者さんが何をどれだけ、どのような形で知りたいと思っているかを明らかにする。

  4. Knowledge(了解)
    患者さんが得たいと思っている情報を、患者さんが理解できる形で提供する。
    そのために、「なるべく話は明解にする」、「専門用語は使わないようにする」ことを心掛ける。

  5. Emotions(強い感情・激情)
    患者さんが狼狽したときの精神的なサポートを充分に行う。
    それによって、患者さんは「悪いニュース」を気持ちの上で処理できるようになる。
    具体的には、患者さんが狼狽するのは当然のことであり、私達もその気持ちを充分に理解していることを言葉で伝える。

  6. Strategy(方策)
    今後の方針が定まることで、患者さんの不安は軽減される。
    この段階ではどのような治療が可能であり、その結果としてどのような効果が期待できるかを説明し、患者さんの質問には患者さんが納得できるように答えることが重要である。
           (平.12年度 緩和医療学会総会特別講演から)

 このプロトコールは極めて当たり前のことですが、技術として身につけるのは容易ではありません。しかしながら、"がん専門病院" で医療に携わっているからには、こうしたコミュニケーションの技術を習得する努力をし、実践していかない限り、「CureからCareへの適切な移行」は難しいのではないでしょうか。

 病棟でがんの末期の患者さんの看護をしていて、「この苦痛を取ってあげることはできないのだろうか」と感じたことはありませんか?
 そんな時には、是非ホスピスの看護婦さんに聞いてみて下さい。中には一般病棟ではできない方法もありますが、意外な手段を使っていることもあります。
 そして何よりも大切なことは、患者さんが求めているのは「何が出来るか、出来ないか」ではなく、「何をして欲しいか、して欲しくないか」なのです。

モルヒネの使用量 坪井病院では、痛みをコントロールするために使うモルヒネの量はかなり多くなっていますが、日本全体では、世界の国々と比較しても、まだまだ少なく、カナダやオーストラリアの1/5以下でしかありません。
(国際麻薬統制委員会年間統計)

 それは、一般の人々のみならず医療を提供する側にも「モルヒネを使うと命を縮める」、「モルヒネには耽溺性があり、禁断症状が出る」などと言った間違った思い込みがあるからです。
 痛みを我慢しているよりも、痛みのない生活をしている人の方が長生きすることは、良く知られています。なぜなら、苦痛を堪えることが身体の免疫力を抑制してしまい、がんの進行を抑えられなくなってしまうからなのです。

 また、最近発表された星薬科大学の実験で、痛みのないラットにモルヒネを使うと、止めた時に禁断症状が出るのに、痛みにあるラットの場合は、止めても禁断症状が出ないことが分かりました。
 痛みのない場合は、モルヒネが脳内の快楽中枢を刺激するのに対して、痛みのある場合は、痛みに対抗する体内の機構が働いて、モルヒネが快楽中枢を刺激するのをブロックするからなのです。

 このような事実が一般に広まれば、モルヒネを使うのをためらって痛みを我慢することもなくなり、医療者側も必要・充分なモルヒネを使って、患者さんに安らかな時間を過ごしてもらえるようになるでしょう。

告知率 坪井病院では、右のグラフで判るように、ホスピスは勿論一般病棟でも本当のことをお話しすることが、当たり前になっています。
 そして、充分な説明をした上で治療法を選択してもらうこと(インフォームド・チョイス)も行われています。
 しかし、中には「説明は聞いたけれど、よく分からなかった」と言う人も無くはありません。
 患者さんにも理解できる言葉でお話しすることは、とても大切です。理解できなければ、説明したことにはならないからです。

 ホスピスへ移動することも、選択肢の一つであることは当然のことです。治療の手段がなくなった場合でも、ホスピスに移らなければならないと言うわけではありません。

 もう一つ忘れてはならないことは、ホスピス・ケアを受けている患者さんには、時間的な制約があるということです。限られた時間の中で精一杯生きている人にとっては、ほんの少しの時間でも待つというのは、とても辛いことです。手術後の人や化学療法を受けている患者さんとは違った意味で、待ったなしの状況にあると言ってもよいでしょう。
 こうした状況を充分に把握した上で患者さんに接することが、今私達に求められています。

 残念なことに、"がん"から解放されることなく終末期を迎える人々は、これからも後を絶たないでしょう。こうした人々に、できるだけ安らかな時を過ごして貰えるようにすることも、"がん専門病院"で仕事をしている私達に課せられた大きな課題の一つではないでしょうか。

(左近司 光明)