第4回(5月9日アップ・ロード)


 前回は、私たちのホスピスでの " Truth telling " の状況をお話しました。

 今回は、なぜ日本で " Truth telling " が一般的にならないのかを考えてみたいと思います。


「なぜ日本では告知が一般的にならないのか」


 平成6年の厚生省の人口動態統計の中に、がんで亡くなった方の家族に、亡くなった人は自分の病気を知っていたかどうかを聞いたアンケート結果があります。
 このアンケートによると、家族から見て患者さんが知っていたというのは20%でした。 自分の病気を知っていたのは、亡くなった方の5人に1人しかいなかったのです。

 アメリカではほぼ100%だということですが、これにはいくつかの理由があります。

 一つは、アメリカ人の持っているフロンティア精神です。 開拓時代から自分のことは自分でしなくては生きていけないという開拓者魂がアメリカ人の心の中に根付いていて、その精神が今も生きていることです。 従って、自分の病気についても、自分でよく理解した上で対処する姿勢が身に付いているのです。

 二つ目は、ほとんどがクリスチャンであり、総てのことは「神のご意志なのだから」と甘んじて受け入れるという宗教的な背景があることです。

 もう一つは、アメリカではほんの少しでもミスがあれば訴訟を起こされて、膨大な賠償金を支払わされることになります。 従って、医者は自らの保身のために、患者さんに総てを知らせることになります。

 ヨーロッパでは、アメリカほど告知率は高くありません。 特にフランスやスペインなどの農業国では、最近まで日本とほぼ同じ様な状態でした。 けれどもインフォームド・コンセント(充分な説明と、納得した上での同意)が重要であることが判ってきて、オランダ、イギリス、ドイツなどでは、患者さんへの情報公開(どこまで公開するかは、国によって多少の差がある)が法律で定められ、ヨーロッパ全体にその波が広がってきました。

 日本でも診療録(カルテ)の公開を法で定めようという動きがありますが、なかなかむずかしい問題があります。 けれども、流れとしては開示する方向に向かっていて、患者さん自身がカルテを見たいときには見せてもらえることになるのも、そんなに遠くはないと思います。

 それはともかく、患者さんが自分の病気を知っていることは、がんの患者さんに限らずとても大切なことです。 自分の病気を理解しないで病気と闘うことは、とてもむずかしいと思います。

 がんの患者さんの場合、病気を本人に知らせようとすると、家族から反対されることがしばしばあります。 患者さんは知りたがっているのに、なぜ家族が反対するのでしょうか。

 吉村達也さんというジャーナリストが書かれた「がん宣告マニュアル 感動の結論」という本があります。

 その中で、吉村さんは「"がん"だと知らせると、患者が苦しむから」というのは表面的な理由で、本当は「患者が苦しむ姿を見たくない」という家族のエゴイズムだと言っています。 要するに「自分が話したために患者が苦しむのを見るのはいやだ。猫に鈴を付けるネズミの役目はしたくない」ということなんですね。

 極端な意見かもしれませんが、真実を言い当てているような気がします。

 ホスピスにかかわっている私達は、本当のことを知らない患者さんが、自分の状態が悪くなるばかりなのに「もうすぐ良くなるから…」と言って励まされるのが、どれだけつらいことかを知っています。

 自分の病気を知りたくないと言う人は別にして、知りたいと思っている人には真実を知らせるのが本当の思いやりだと思います。 その人の苦しみを和らげてあげられるのは、悩みや苦しみを親身になって聞いてあげることしかありません。無闇に励ますことは、これまで患者さんが病気と闘ってきたことを否定することになり、かえって苦しみを強くするだけなのです。

 多くの場合、ずっと介護をしてきた家族の方は患者さんの苦しんできたことを知っているので、無闇に励ましたりはしません。 「もっと頑張らなくてはだめよ」と言うのは、時々顔を出す親戚の人たちなんですね。

 患者さんを見舞うときには、その状況をしっかりとつかんでおく必要がありますね。



 次は、なにをお話ししようか悩んでいます。こんなことが聞きたいということがあったら、Guest Book に書いて頂ければ嬉しいのですが…