今回は、レイ・チャールズの伝記映画「Ray/レイ」です。

(`04年度アカデミー賞主演男優賞、音楽賞受賞)

監督: テイラー・ハックフォード 脚本: ジェームズ・L・ホワイト
音楽: レイ・チャールズ、クレイグ・アームストロング
撮影: パウエル・エデルマン
出演:
ジェイミー・フォックス、 ケリー・ワシントン、
クリフトン・パウエル、 ハリー・レニックス、
リチャード・シフ、 アーンジャニー・エリス、
シャロン・ウォーレン カーティス・アームストロング、

あ ら す じ

 南部のジョージア州に生まれたレイ(ジェイミー・フォックス)は、幼い頃に父親と別れて、弟と共に母アレサ(シャロン・ウォーレン)に女手一つで育てられた。
 ある日庭で遊んでいて、弟が洗濯盥の中に頭から落ちて、溺死してしまった。それを助けられなかったレイにとっては、生涯消すことの出来ない心の傷となってしまった。その頃から徐々に視力が落ちてきたが、7歳の時に遂に失明してしまった。母アレサは、黒人であることも、視力を失ったことも乗り越えられるように、厳しく育てるのだった。
 17歳になって、レイはピアノで身を立てようとシアトルへ旅立った。
ray-1 ある夜ナイトクラブに紛れ込んで、ピアニストの休憩の合間にピアノを弾いたところ、客達の大喝采を博した。それを聴いていた興行師のマージー(レジーナ・キング)は、レイと契約を結ぶことにした。
 ゴスペルとブルースを合体させたレイの人気は高まり、自分のバンドを編成して旅に出るようになった。その頃から弟を死なせてしまった心の傷に苦しみ、マリファナやコカインに手を出すようになってしまった。
 そんな中でも、`52年にはレコード録音の契約を結び、一流ミュージシャンの仲間入りをするようになっていった。
 ある日、バックコーラスのオーディションにやってきたゴスペル・シンガーのデラ・ビー(ケリー・ワシントン)に出会って一目惚れしてしまい、旅興業に出る前に結婚してしまった。
ray-2 数々のヒットを飛ばしソウル・ミュージックのトップに立ったレイだが、故郷のジョージアでのコンサートで、黒人の席が後方に限定されているのを知って、コンサートを中止してしまったために、州への立ち入りを禁止されてしまった。
 そんなことも切っ掛けとなって、レイの女性遍歴に拍車が掛かり、また、麻薬に溺れることになってしまい、遂には更正施設に入所するはめになったのだった。
 1965年に更正施設を出所してからは、ひたすら音楽活動と人種差別反対運動に打ち込み、1972年には、"Georgia On My Mind"がジョージア州の州歌に指定され、ジョージアでの活動も認められることになった。

R&Bの頂点

Ray-3 レイ・チャールズの音楽は、ゴスペルとカントリー・ミュージック、ビーバップなどを融合させた新しい響きを持ったもので、全世界に受け入れられたが、敬虔なクリスチャンの黒人には、神を冒涜するものとして、排斥されていた。
 しかしながら、レイが人種差別反対運動に関わるようになり、そのスタイルがR&Bとして確立されるに従って、全米に広まっていった。
 16歳の時に"フロリダ プレイボーイズ"というカントリーバンドに入ったが、17歳でシアトルに出て、ギタリストのゴサディ・マックギーの"マクソン・トリオ"に加わった。 その頃から密かにビーバップのセッションに参加していたが、それが認められてロスのスイング・タイム・レコードに引き抜かれ、R&Bの大御所ロウエル・フルソンのバンド・ピアニストになった。
 更にアトランティック・レコードに移籍し、"Confession Blues"(`49),"Baby Let Me Hold Your Hand"(`51)などのヒットを飛ばし、アトランティック・レコードを一流レーベルに押し上げた。
ray-concert  その後も、"Mess Around""I've Got A Woman""What'd I Say"などの大ヒットを飛ばし、R&Bのトップ・アーティストになっていった。
 1960年にABC-Paramountに移籍し、ストリング・セクションをバックにした"I Can't Stop Loving You""Hit the Road Jack""Georgia On My Mind"などを次々とリリースした。 中でも"Georgia On My Mind"は、`79年にジョージア州の州歌に指定され、広く親しまれている。(この曲は、ホーギー・カーマイケルが`30年に作曲し、ミルドレッド・ベイリーが初録音している。)
 彼は`90年頃に監督のテイラー・ハックフォードと知り合い、この映画に深く関わってきたが、残念ながら映画の完成を見ることなく、映画が公開された`04年に亡くなった。 73歳であった。

 テイラー・ハックフォードは、`45年にカリフォルニアに生まれた。 ボリビアで2年間従軍し、帰国後ロスのTV局に入社、エミー賞を2度受賞している。 `82年に監督した「愛と青春の旅だち」で注目され、「カリブの熱い夏」(`84)、「ホワイトナイツ/白夜」(`85)などを監督している。 `84年からは製作にも手を染め、`96年には「モハメド・アリ かけがえのない日々」で、アカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞している。

レイ・チャールズ
ジェイミー・フォックス
左はレイ・チャールズ、右は映画の中のジェイミー・フォックス

  ジェイミー・フォックスは、`67年テキサスで生まれた。 両親が離婚したために厳格な祖父母に育てられた。 高校ではアメリカンフットボールの名クオーターバックとして活躍した。
 しかし、大学では音楽を学び、恋人の勧めでスタンダップ・コメディアンに転進し、人気コメディシリーズの "In Living Color" のレギュラーに抜擢された。 `96年には、「ジェイミー・フォックス・ショウ」がスタートしている。 映画初出演は、`96年の「ファイト・マネー」(日本未公開)だが、`99年の「エニイ・ギブン・サンデイ」のクオーターバック役、`01年の「アリ」でのセコンド役で注目され、`04年には、この作品でアカデミー主演男優賞を獲得、また、同じ年の「コラテラル」では殺し屋(トム・クルーズ)を乗せるハメになったタクシー・ドライバーの役を好演し、アカデミー助演男優賞にもノミネートされた。
 この作品では、レイ・チャールズが乗り移ったといってもよいような迫真の演技で、主演男優賞獲得は当然と言えるだろう。

 "Georgia On My Mind" の作曲者ホーギー・カーマイケルは、"Star Dust" の作曲者としても有名であるが、その他にも "Rockin' Chair""Nearness Of You""Lazy River" など、沢山の名曲がある。 また、映画にも数多く出ており、「我等の生涯の最良の年」には、ピアニストの役で出演している。 日本では、TV映画「ララミー牧場」に準レギュラーで出演していたので、ご覧になった方も多いのではないだろうか。