第3回(`99年3月28日アップ・ロード)


満3歳 こんちゃんも少し成長して、3才になりました。

 ここは、向島(現在の墨田区東向島)の母の実家の二階です。長浦神社の隣なので、神社へもよく遊びに行きました。

 この辺も東京下町の大空襲で焼け野原となってしまいましたが、長浦神社は再建されて残っています。この家のあった跡には、叔母と従姉妹が住んでいます。

 この頃は、今はもう亡くなってしまった叔母(母の妹)がまだ独身で、よく浅草へ遊びに連れていってくれたものです。松屋デパート(現在、東武電車が入っているところ)の4階に、今でいうゲームセンターのようなのがあって、回転木馬や自動車の乗り物などがありました。また、鬼が立っていて、ボールをなげて胸の真ん中に当たると「ウオーッ」と叫んで金棒を持ち上げる射的のようなゲームもありました。当たると嬉しかったのですが、その声がちょっと怖くもありました。

 帰りには雷門へ寄って、雷おこしや瓦せんべい、芋羊羹などを買ってもらったのも楽しい思い出です。

 映画の記憶で一番古いのは、夜に小学校の校庭に白い幕を張って上映された「加藤隼戦闘隊」です。終戦間際には灯火管制(明かりが外に漏れないようにする)があったので、外で映画を上映することはできなかったと思うので、多分`43年頃だったのではないでしょうか。いわゆる戦意高揚映画の一つで、藤田進が戦闘機のパイロットに扮していました。(どういう訳か、これだけははっきりと覚えているのです。後で調べてみても、間違っていませんでした。)時々フィルムが切れて真っ暗になったり、白い幕が風に揺らめいたりしていたことは覚えていますが、筋は全く思い出せません。まあ5才になるかならないかの年齢ですから、しかたありませんね。

 医者になって35年になりました。10年目位の頃は、自分にできないことはないように思っていましたが、今になってみると、顔から汗がしたたり落ちる思いです。幾つになっても人との関わりは新鮮で、新しい患者さんに会う度に、自分が何も知ってはいないことを思い知らされています。

 ホスピスの記事は、そんな思いを忘れないようにと言う自分への戒めも含んでいるような気がしています。

 ちょっと真面目な話になってしまいました (^_^;