`02年3月 アップロード


このページは、段々と孫のページのようになってきましたね。
孫専用のページを作ろうかなどとも考えてはみたのですが、
「それも何だかなぁ」と言う感じがして・・・
まあ、ジジバカに免じて、勘弁して下さい
(^_^;

 パパがデジカメを使い始めたので、頻繁にメールで写真を送ってくれます。
 傍にいないでも近況が判るのは、とても嬉しいですね ヽ(^0^)

圭吾ちゃん-8カ月 圭吾ちゃんは、8カ月になりました。
 ようやく下の歯が生えて、お座りもできるようになりました。
 ちょっと手で支えてもらうと、タッチもできるんですよ。

 ただ、大分知恵が付いてきて、人見知りをするのには困ってしまいます。
 久し振りに逢うと、顔を見て大泣きするんですよ。
 何時間か経てば泣かなくなるのですが・・・
 まあ、これもほんのちょっとの間なんでしょうね。

甲斐甲斐しい周平君 周平君も、お兄ちゃんぶりが板に付いてきました。
 離乳食を食べさせてくれたり、泣いているとあやしてくれたりしています。

 3歳5カ月も離れていると、随分違うものですね。
 大きくなってからも、兄弟喧嘩はしないのかも知れません。
 こんちゃんもすぐ下の弟とは五つ離れているのですが、喧嘩をした記憶がありません。
 喧嘩をするのが良いか悪いかは、別問題なのでしょうが・・・

 もうすぐ春休みになります。
 周ちゃんは、郡山へ来るのを楽しみにしているようです。
 ジジ・ババに逢えるから・・・と言うよりも、おもちゃを買って貰えるのが嬉しいからのようですが・・・(>_<)
 何にしても、ジジ・ババも楽しみなことには変わりありません (^_^)


大学1年 高校の三年間を生物部でカエルをいじって過ごし、その上、映画やジャズに溺れていたので、一年浪人しました (;_;)
 浪人中もあまり勉強しなかったので、よくまあ一浪で済んだものだと思います。

 これは、入学して間もない頃の写真です。
 自分で言うのもなんですが、角帽を被って初々しいですね。
 この頃は、二年間の教養課程を世田谷の教養学部(今は文理学部になっています)で過ごしました。
 他の学部の学生さんとも一緒に授業を受けたりして、結構楽しい二年間でした。
 マージャンを覚えたのも、この頃です。
 一番下の弟もここで学んだのですが、行きつけのマージャン屋で「お兄さんも良く来ていたよ」と言われたそうです (>_<)

 この秋の文化祭の時に肋膜炎に罹り、11月から翌年の2月まで休んでしまいました。
 出席日数が足りなくて危うく留年するところだったのですが、同級生のK君がノートを貸してくれたりしたお陰で、何とか進級試験をパスすることができました。
(二年の時に、もう一度ドイツ語の授業を受けることが条件でしたが・・・)

尾瀬-1おぇ-2

 入学した年の夏休みに、友達と4人で尾瀬へ行きました。

 当時は沼田から鳩待峠を越えて入る道と、その先の大清水から入る道、奥日光から尾瀬沼へ入る道の3ルートが一般的でした。

 こんちゃん達は鳩待峠越えで入ったのですが、バスは峠の麓までしか行っていなかったので、鳩待峠を越えて尾瀬ヶ原に行くまでが、結構大変でした。
 なにしろ、テントを担いで登るのですから・・・

 尾瀬ヶ原に入ってからも、まだ木道が整備されていず、ズブズブと湿地の中へ潜ってしまいます。 30Kgの荷物ですからねぇ。
 右の写真は尾瀬ヶ原に入ったばかりで、トレパンが真っ白です(右がこんちゃん、左がK君)。
 左の写真は休憩中ですが、トレパンが濡れて、黒くなっています。

 山の鼻近くと長蔵小屋の近くにテントを張り、二晩を過ごしました。 資金が乏しくて、山小屋には泊まれなかったんです。

 燧岳へは登らなかったのですが、三条の大滝へ行ったりして、のんびりと歩きました。
 水芭蕉やニッコウキスゲの時期ではなかったのですが、尾瀬沼にはコウホネが咲いていました。
 尾瀬沼を蒸気船で渡るのはとてものどかで、ゆったりとした時間が流れているように感じました。

 学生時代の想い出の1ページです。